読後感

江戸川病院リハビリテーション科顧問
ST佐野洋子様

 私は1985年に江東区に「すずめの会」を後藤さん達が立ちあげられた時に、後藤さんに初めてお目にかかりました。あれから4半世紀がたちました。この間後藤さんをたいして支援できなかったことを申し訳なく思っていますが、時に触れメ ールをくださるのを私も楽しみにしてきました。かわいいイラストの表紙の後藤卓也さんの書かれたご本が届いてすぐ、うれしく、私は座り込んでこの本を一気に読ませていただきました。

 失語症になられた方が、このように本をかけるまでに「書く能力」が回復されることは多くはありません。脳内出血で言えば、脳の中の方の「基底核」といわれる場所の近くで「脳内出血」が発症し、しかも出血の量が少ないか、出血した血を適切に脳外科の手術で取り除くことができた方にほぼ限られます。後藤さんは、病気をされて1年以内は、話すことも書くことも、ままならなかったに違いありません。でも頭の中に相当しっかりと言葉がのこっていて、「話す」ことはやや苦手でも「書く」ことが大きく改善なさったのだと思います。でも、この「書く」能力も、こうして日々頑張って書く練習をなさったからこそ、回復なさったのだと思います。
 さて、この本を一気に読ませていただいて一番びっくりしたことは、私たちのような失語症の臨床に何十年も携わってきたものが、これまで知らなかった「患者さんの苦しみ」の報告がたくさん書かれていたことです。それは主に「身体に関する奇妙な感覚」で苦しまれたことです。特に最初の2・3年は「紐の話し」「こぶの話し」「血が流れ出した話」などの文章にあるように、いくら訴えても医師には取り上げてももらえなかったこの「異様な身体感覚」は、やはり脳内出血が原因で起こった症状であるに違いありません。人からは取り合ってももらえないことが、ご本人をどんなに苦しめていたかは、想像するだに、お気の毒な話です。どういう場合にこんな症状が出るのか、他の患者さんにもこういう症状がないのか、どう治療すればこれを軽くするあるいは消すことができるのかなど、医師たちに相談して今後の臨床に参考にさせていただきたいと強く思いました。きっと他の患者さんにもあるが、うまく伝えられないでいる可能性が大きいです。
 このことはさておき、この本を読ませていただいて感動したことは3つあります。
 1つ目は、失語症の方も頑張ればここまで回復する可能性があるということです。長い文章をきちんと書き、パソコンで実用的な仕事ができるようになり、ご自分が他の失語症の方のために貢献できるようになりうるという、偉大な「実証」を後藤さんはして下さいました。人間は回復する能力を潜在的に持っているという証明です。
 2つ目は、この本を読ませていただいて、全然「暗さ」がないという点です。いろいろなことが起こるが、何やら「愉快」に「前向き」に考えて、解決してこられた後藤さんの「強さ」と「明るさ」に感動します。この種の体験記は結構たくさん出版されていますが、どの本に比べても後藤さんご夫妻の生き方は「明るい」。障害を持っても、考え方で、こうも違うかということです。後藤さんの「人間力」の強さと「賢さ」を感じます。
 3つ目は、「良き妻の存在」です。こういう妻に巡り合われた後藤さんの幸運は、脳内出血に見舞われた不幸に比べても、断然大きい。奥様だってどんなにか辛い日々を過ごされたことと思いますが、ここまで頑張れた「秘訣」をいつかじっくりうかがってみたいものです。自分に翻って考えてみても、このように見事に夫を支えられる自信は全くありません。何しろ、妻に金メダルです。

 この本は日記を編集なさったので、26年の日々の流れを均等に俯瞰できない点がありますが、パソコンが、外出もままならず、また社会からも孤立しがちな失語症者をどんなにか役立つものであるかが良く解ります。
 失語症の方には、発症後どのような人生を歩まれるのか、どれほど回復しうるのか、生活を再構築するために何が重要なポイントになるのか、こうして社会に発信していただきたいと思います。どんなにか他の失語症の方の励みになるでしょう。
 なにしろ、後藤夫妻の頑張りに乾杯です。皆で、後藤夫妻を目指して歩みたいものです。
やる気にさせたへ