読後感

広島県立保健福祉大学名誉教授
ST綿森淑子様

 後半のインパク以後は私も存じ上げている後藤さんですが、特に第一章の失語症の発症と入院、そしてリハビリに伴うさまざまな苦悩の歴史を綴られた部分は始めて知る内容で、一気に読ませていただきました。
  「はじめに」の中に書かれた「失語症になると、・・・話しが円滑にできないことで、病前と病後の社会位置の落差が非常に大きいのです。体の障害よりも、ことばの障害の方が何よりも社会生活の上で障害になりました。」という文は失語症の本質を見事に描き切っています。また、p37の同室の人に消灯をお願いすることができない、というくだり、「同室の人に、『時間だよ・・・・今日は遅いね。』と感情を悪くしないように言うことは、今の私には出来ない、言葉が出ないことは口惜しいものだ。」も、社会生活にとって必要な言語とは何か、「猫」だの「りんご」だのといった名詞の絵カードの名称がいえるようになることがその人の生活にとってどれほどの意味があるのか、STにとってはそういったことを考えるきっかけになるのではないかと思いました。STは言語機能の細かなところに焦点をあててどこがどう障害されているか、という“評価”をすることを習いとしていますが、実際は後藤さんの言われる通り、社会生活上の問題に目を向けない限り失語症の人の思いを知り、障害の本質を理解することはできないのです。
 そしてp14のリハビリ専門病院に転院したときの「ボールペン」という単語の「保続症状」の描写。わかっているのに違うことばが出てきてしまうご本人の驚き。そして周りの家族の困惑。「みんな笑った。心で泣いた」という文章!「保続」している人の心理、そしてそれを聞く近親者の心理、本当に痛いようにわかります。“これは病気の症状の1つで時間がたてばおさまってくる”と一言、言い添えて下さったら・・・と思いますが、検査しているお医者さんはそんなところには思いいたらなかったのでしょう。症状を見つけるのに懸命なことはSTも同じですから、自戒すべきことだと思います。
 一人のSTとして、また、STを目指す学生を教育する立場として、言葉を失い、手足に麻痺がおこったときの当事者の気持ちについては、患者さんやご家族とお話する中で、また、さまざまな文献などを通して理解につとめ、講義してきたつもりでしたが、p19から始まり、本文中のそこここで触れられている“麻痺”の感覚、あるいは麻痺をどう解釈するのかについての後藤さんの苦悩の毎日は、私にとって考え及ばないものでした。p59で診察を受ける時のお医者さんの応対について書かれている部分:「当たり前だが、患者はこの病気に初めてかかる(下線は筆者)ので、 あーだ、こーだと訴え
たいのだが、医者は命が別段変わりがないから、話しを聞き流してうわの空で応対するのである。」まさにその通りですね。さらに失語症ですから、短い診察時間に言いたいことを十分説明できず、ぶっきらぼうな表現になってしまい、真の意図が伝わらない・・・その口惜しさは想像にあまりあります。私も年とともに視力や注意力・思考力の衰えを実感し、「初めての齢を生きる」ということの一端がわかるようになりましたが、やはり実際に体験された方の“感じ”をこのような表現を通して知ることができる、という点でも後藤さんの本は大変貴重なものと言えます。
 第二章への架け橋として位置づけられているp109の「やる気」という原稿。「仕事でも、遊びでも、意志を持っていて、いつも考えている人が、目的を達成することができるに違いない。やる気の人だけが・・・。」 「意志」という文字に囲まれた後藤さんのイラスト。第一章を通じて書かれているつらい失語症の体験。それと闘い、負けたらだめだ、と前向きに進んでこられた長い年月。「意志」という文字と真一文字に結ばれたイラストの口の形に確固として象徴されています。
 第二章の後藤さんのパソコンとの出合いとそれを仕事として新たな人生への船出をされるまでの過程は、パソコン、インターネットの歴史とも重なって読み応えのあるものになっています。P131の「社会復帰」という原稿では、失語症の方が友の会の中で役割を持ち、社会参加をすることによってさらに言語機能にも大きな改善が得られる、という「環境」の役割を実証した内容になっています。後藤さんはパソコンと友の会に打ち込み、「役所や会員に説明をしなければなりませんので、喋る練習をしましたし、話しの順序を考えるなど工夫しました。結果、自分の訓練になっていたようです」と書かれていますが、これは言語を実際に使用することがさらなる回復をもたらす、という理論的にも正しい内容で、それを実践され、実感されたことは素晴らしいと思いました。この経験が後年、「話し方・説明ソフト」の開発を発案された原動力だったのだろうと思います。このソフトの開発には広島のST,向井典子さんと私も微力ながらお手伝いさせていただきました。
  本文からは逸れますが、表紙をはじめ、本文中のあちこちに出てくる卓也さんのイラストがとてもかわいらしく、また奥様の○子さんとのツーショットのイラストも出てきてとてもほほえましく思いました。ずっと二人三脚で後藤さんをしっかり支えてこられた奥様の「思い」もちょっと知りたかったナ・・・と思いました。
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